トラウマとは何か

トラウマとは「心的外傷」、つまり「心の傷」のことです。

ここでいうトラウマとは、脳の機能に影響を与えて、長期間にわたって様々な精神的・心理的または身体的な影響が起きる状態のことをいいます。

普通の失恋のように、その時はつらくても、いつしかつらさが薄れて「セピア色の思い出」になっていくような体験は、トラウマとは呼びません。

トラウマの記憶は、その時の新鮮な状態のまま脳の中に保存され続け、その体験をした時から何十年たっても、私たちに影響を与えるのです。

トラウマ記憶ができるしくみ

私たちが人生において、強い恐怖・悲しみ・怒り・恥・屈辱などの強烈な感情をともなう、衝撃的な出来事を体験したとします。

その衝撃が、私たちの心が処理できる範囲を超えていた場合、その記憶と感情が、ふだんの脳の記憶のネットワークとは違うところに瞬間冷凍されます

これは、脳の「海馬」という、記憶を仕分けする働きをしている部位が、大量のストレスホルモンによって停止してしまうためです。

海馬は、「この記憶は、〇〇年◯月◯日に△△の場所で起きた出来事についての記憶だ」という「日付印」を押して、記憶を仕分けして、あるべきところにしまう、という、いわば「図書館の司書」のような働きをしています。

(*MRI等の画像診断とは左右が逆ですが、一般の方にも感覚的にわかりやすく説明するため、あえて左右を逆に表しています)

海馬により仕分けされないで瞬間冷凍された記憶は、私たちの顕在意識(自覚している意識)からはアクセスできない(しづらい)右脳の深い場所にしまいこまれるため、その出来事のことを覚えていなかったり、うまく説明したりすることができません

(*何が起きたかは覚えているけれど、感情が思い出せない場合もあります)

ところが、何かその出来事を思い出させるきっかけがあると、その記憶が一気に解凍されはじめます。

解凍されたその記憶には、「これは、〇〇年◯月◯日に△△の場所で起きた出来事だ」という「日付印」が押されていません。

すると、私たちの脳は、その出来事が「まさに『いま』『ここ』で起きている」と勘違いしてしまうのです。

(このような記憶を、「潜在記憶」と言います)

トラウマ記憶は、私たちを「その時」に連れ戻す

たとえば、あなたが「5歳の時に犬に噛まれて怖い思いをした」ことが、トラウマ記憶になっていたとしましょう。

あなたは、最初のうちは、まわりに犬がいない状況であれば、なんの問題もなく生活できていたはずです。

ところが、ある日どこかで、偶然犬を見かけたとします。

すると、瞬間的に、犬に噛まれた記憶が溶け出して、その時の記憶と恐怖の感情が、鮮やかに蘇ります(トラウマ記憶は、セピア色にならず、新鮮なままなのです!)。

その記憶は、海馬による日付印が押されていないので、あなたの脳は、「私は、いまこの瞬間、犬に襲われている」と、勘違いします。

すると、目の前にいるのが人に全く危害を加えることのない生まれたばかりの仔犬であったとしても、あなたの目には、あの時あなたに噛みついた牙をむいたどう猛な犬にしか見えなくなり、いままさにそれに噛みつかれようとしている、という恐怖に襲われてしまうのです。

脳は、トラウマ記憶と本当の危険を区別できない

犬に襲われているのが、事実ではなかったとしても、あなたにとってその恐怖は本物です。

なぜなら、危険か否かを判断する扁桃体という脳の部位があるのですが、トラウマ記憶が蘇っているとき、扁桃体には、その恐怖が記憶なのか、現実なのかを区別することができないからです。

いったん、扁桃体が「危険だ!」という信号を出すと、今度はあなたの身体が反応しはじめます

心臓はバクバク、手足は震え、冷や汗をかいて、顔は真っ青になり、あなたは恐怖のあまり、即座にそこから逃げ出そうとするかもしれません。

または、意識が遠くなって、固まり、フリーズするか、そこで倒れてしまうかもしれません。

危険な状況を生き延びようとするとき、私たちは、

・戦う(Fight)
・逃げる(Flight)
・凍りつく(Freeze)

の、3つのサバイバル反応のうちのどれかをとります。

(これは体の反応であるため、あなたの意識ではどうすることもできません)

この時あなたは、「逃げる」という反応をしたことで、トラウマ記憶がもたらした「犬に襲われている」という脳の誤認識による危険から、とりあえず逃れることができたとします。

トラウマは、私たちの人生を変えてしまう

もし、その後も何度か、偶然犬に遭遇する、ということが起きたとしましょう。

あなたは、そんなに何度も危険な目にあいたくないため、犬に遭遇すること自体を避けようとします

そのために、犬がいるとわかっている道は通らない、犬がいる可能性のあるところにはいかない、などの行動をとるようになります。

そのようにして犬を避けているうちに、今度は家の外に出ることが怖くなり、めったに家の外に出なくなってしまいました。

家の中にいれば安全なはずなのに、トラウマ記憶は、あなたの頭の中で、つねに「恐怖のメロディ」をバックグラウンドミュージックで流し続けています。

あなたは、いつしか眠れなくなってしまいました。動悸もします。
怖い夢も時々見ます。

食欲がなくて食べられないし、胃も痛いし、便秘と下痢を繰り返しています。
つねに筋肉が緊張し、身体が痛みます。

なぜだかわからない不安に、つねにさいなまれています。
最近では、人に会うのも怖くなり、仕事にも行けなくなってしまいました。

犬に噛まれたのは5歳の時のことなのに、それから20年経った今も、このような状態が続いています。

5歳の頃のトラウマ記憶が、長期間にわたってサバイバル反応を引き起こし続けた結果、心身にここまで影響を及ぼしてしまったのです。

(*以上は、トラウマをわかりやすく説明するための、架空の例です)

トラウマの三大症状

上記のストーリーには、「再体験」「回避と麻痺」「過覚醒」という、トラウマの三大症状と呼ばれるものが全て含まれています。

①再体験

冷凍保存されていたトラウマ記憶が溶けて、記憶が新鮮なまま蘇り、まさに脳の中でその体験を再びしている状態になることで、いわゆるフラッシュバックと呼ばれるものです(眠っている時に起きると、悪夢になります)。

②回避と麻痺

二度と同じ体験をしないように似たような状況を避け続けることで、行動範囲が極端に狭くなったり、適切な行動がとれなくなります。

無力感や、そこから動けないフリーズした感じが起こります。

また、回避症状として、恐怖などの感情を感じないために「感情麻痺」が起きることもあります。

③過覚醒

つねに交感神経が高ぶり、自分ではコントロールができない状態です。
その結果、自律神経のバランスが乱れ、不眠や動悸、便通異常、食欲不振、筋肉の緊張による痛みなどの症状が起きたり、不安やキレやすい、集中できないなどの情緒不安定な状態になります。
また、つねにストレスにさらされている状態であるため、長期にわたると免疫に異常が起きることもあります。

これらの症状があり、一定の診断基準を満たした場合、心的外傷後ストレス障害(PTSD)と呼ばれます。

複雑なトラウマがあると、より病気になりやすくなる

子どもの頃の虐待やDVなど、トラウマが起こりやすい状況に長くおかれると、トラウマが積み重なることで、より状況が複雑になります。

症状が診断基準を満たすと「複雑性PTSD」と呼ばれますが、上記の三大症状以外にも、

・感情の調節がうまくいかなくなる

・自分自身に対してネガティブな捉え方や感情を持ってしまう(自分には価値がない、自分が悪いから虐待されたのだ、など)

・人間関係に問題が起きる

などの変化がが見られるようになります。

また、「身体化」と言って、身体症状が表れやすいのも、複雑性PTSDの特徴です。

喘息過敏性腸症候群原因不明の疼痛慢性疲労症候群などが、トラウマで起こりやすい身体症状とされています。

複雑性PTSDまでいかなくとも、逆境的小児期体験(ACE)研究が明らかにしたように、子どもの頃に長期にわたって虐待などの逆境にさらされると、ストレス反応系の暴走を引き起こし、結果的に成人期の疾患を引き起こすことがわかっています。

自分では認識できていないのがトラウマ

このように、トラウマは、様々な形で私たちの人生に影響を与えます。

なのにも関わらず、私たちは、自分がトラウマを抱えていることに気づいていない、ということがよくあります。

トラウマ記憶は、イキイキしているとつらすぎる危険な記憶なので、私たちの脳はその記憶をなるべく閉じ込めておこうとします。
このため、つらかった体験ほど自分では覚えていない、ということが起こるのです。

また、記憶が捻じ曲げられてしまうのも、トラウマの特徴です。
(私の母はいい人だった。そんなにひどい人ではなかった・・・など。)

また、つらければつらいほど、生き延びるために感情を抑圧するので、自分でつらい感情に気づいていない・・・、という「感情麻痺」が、病気の方にはよく見られます。

このため、「私はそんなつらい体験はしていないから、トラウマはないわ」とおっしゃる方にも、トラウマがあることは珍しくありません。

頭では「なかったこと」になっていても、体にはその記録が刻まれています。そしてそれが、20年後、30年後の体の不調や病気として表れるのです。

このような理由から、なかなか治らないご病気でお困りの方は、トラウマ治療を試してみることをおすすめします。

トラウマからの回復

幸いなことに、私たちの脳には回復する力があります。適切に扱うことができれば、トラウマを癒すことは可能なのです。

ここでは、専門家が治療として行うトラウマ治療について説明します。

(トラウマや逆境的小児期体験(ACE)に対して自分でやれることについては、逆境的小児期体験(ACE)とはのページをご覧ください)

トラウマ治療には様々なものがあり、トラウマフォーカスト認知行動療法や持続エクスポージャー療法などが有名ですが、近年は、より身体感覚や反応に注意を向けた「ソマティック(身体志向)」な心理療法が主流になりつつあります。

そのようなものとして、EMDR(Eye Movement Desensitization and Reprocessing:眼球運動による脱感作と再処理法)ソマティックエクスペリエンシング®︎(SE)ブレインスポッティング(BSP)などがあります。

また、マインドフルネスに基づいた認知療法も効果があるとされています。

(こちらのページにて、各種療法の研究論文などを紹介しています)(準備中)

そんな、マインドフルネスの要素やソマティックな要素を含有し、同時に「人の心は複数の副人格(自我状態)からなる」という概念をもち、いま世界的に注目を浴びている心理療法が、このサイトでご紹介している内的家族システム(IFS)療法です。

セルフ・コンパッション(自分への慈悲・慈愛)をベースとした内なる対話によって、トラウマを癒していく優しいIFSの手法は、現在世界的に人気が高まっています。

しかしながら、誰にでも合うトラウマ治療というのはなく、人によって相性の良いものが違うでしょう。

また、技法そのものも大切ですが、セラピストと安心安全な関係が作れることが、とても重要です。

相性もありますので、前もってよく情報を集めたり、まずはセラピストと面接する機会などを持つなどして、判断すると良いでしょう。


(矢崎より)
トラウマは、癒すことが可能です!
希望を持って、治療に取り組んでくださいね♫


内的家族システム(IFS)とは

リウマチなどの身体疾患にエビデンスのあるトラウマセラピー、内的家族システム(IFS)療法についてはこちらをご覧ください。

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小児期逆境は成人期の病気を増やします。画期的なACE研究についてはこちらをご覧ください。

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