「肺がんとタバコ」に匹敵する、知られざる健康リスク、逆境的小児期体験(ACE)とは?
何らかの小児期逆境体験(ACE:エース)を複数経験している人は、全くしていない人に比べて、成人期における
がんは2倍
うつは4.6倍
脳卒中は2.4倍
慢性気管支炎または肺気腫は3.9倍
慢性疲労症候群は6倍
線維筋痛症は4倍
女性の自己免疫疾患での入院率は2倍
月経前症候群が2.6倍
不妊症/無月経が2.8倍
アルコール中毒は7.4倍
自殺未遂は12倍
学習・行動の問題は32.6倍
増加し、
寿命はおよそ20年短い
ことが明らかになっています。
1998年に発表されたフェリッティとアンダによる逆境的小児期体験研究(The Adverse Childhood Experiences Study:ACE(エース)研究)は、それまで全く知られていなかった小児期の逆境と成人期の病気の関係を、世界で初めて明らかにしました。
ACEスコアが高いほど、その後の人生において病院で診療を受ける回数は多く、説明のつかない身体症状が増加することが明らかになっています。
逆境的小児期体験(ACE)とは?
- 精神的虐待(暴言や侮辱など)
- 身体的虐待
- 性的虐待
- 身体的ネグレクト(育児放棄)
- 情緒的ネグレクト
- 家庭内に薬物(アルコール含む)乱用者がいた
- 家庭内に心の病を抱えた人がいた
- 母親が暴力を振るわれていた
- 親が離婚または別居している
- 家庭内に犯罪行為があった
などが含まれます(ACE質問票はこちら)。
これ以外にも、親との死別、母親以外の家族の誰かが虐待されているのを目撃、地域における暴力、貧困家庭、クラスメートや教師によるいじめなども、大きな影響を及ぼすことがわかっています。
小児期の逆境が大人の病気の原因になる理由
このような幼少時のつらい体験が大人になってからの病気に発展する理由が、多くの研究により明らかになっています。
①子どもの脳が変形する
福井大学子どものこころの発達研究センター・友田明美教授らの報告によると、小児期に厳しい体罰や、ネグレクト、暴言を受ける、強いストレス、性的虐待、DVを目撃する、などの体験をすると、子どもの脳が「物理的に変形する」ことが明らかになっています。
・厳格な体罰を経験すると、前頭前野の容積が16.8%減少、右前帯状回が16.9%減少
(前頭前野は、感情や思考のコントロール、行動抑制力に関係。右前帯状回は、集中力や意思決定、共感などに関係)
・言葉によるDVを見聞きして育つと、脳の視覚野の一部の舌状回の容積が20%減少
(舌状回は、単語の認知や夢・視覚に関係)
・性的虐待を受けると後頭葉の視覚野の一部の容積が18%減少
(視覚野は、視覚的なメモリ容量(ワーキングメモリ)に関係)
・暴言や侮辱などの言葉による虐待を受けると、聴覚野の上側頭回灰白質の容積が14.1%増加
(脳で起きるべき神経細胞の刈り込みが行われない。聞こえや会話の際の神経伝達がうまくいかない状態)
・ネグレクトによって脳梁の容積が減少(脳梁は、左右の大脳をつないでいる組織)
・長期の強いストレスにより、扁桃体が過活動、海馬が萎縮(扁桃体は危険を察知するアラームシステム、海馬は記憶に関連)
・愛着障害児において、線条体の反応が低い(線条体は報酬系の一部で、喜びや快楽を感じる部分。この部分の反応が低いと快楽を感じにくいので、中毒や依存などになりやすい)
子どもが逆境を生き延びるための防衛策であるこのような脳の変化が、結果的に様々な情緒的・行動的・身体的問題を引き起こすのではないかと考えられています。
②ストレス反応系がコントロールを失い、炎症を抑えられなくなる
私たちが、逆境のようなストレスを感じる状況に置かれた時、生き延びるために反応するのが、視床下部-下垂体-副腎系(HPA系)と、交感神経-副腎髄質系(SAM系)です。
副腎皮質は、コルチゾールという、緊急時に必要なエネルギーを作り出したり炎症を抑えたりして、ストレスに適応できるようにする、大切なホルモンを分泌します。
副腎髄質は、同様にストレスに対抗するためアドレナリン(戦うか逃げるかのホルモン)を分泌します。
ストレスを受けると、HPA系はコルチゾールを出すように、SAM系はアドレナリンを出すように命令しますが、ストレスが過ぎ去ったら、これらのストレス反応はすぐに元に戻る必要があります。
これらのストレスホルモンは、過剰では問題が起こるからです。
しかし、逆境にさらされた子どもでは、HPA系の反応をオフにする遺伝子がオフになってしまい、「ストレス反応が止まらない状態」になることがわかっています。
コルチゾールやアドレナリンは、免疫系に作用し、「サイトカイン」という炎症性物質を作り出します。
サイトカインは、バランスのとれた状態では、感染防御など様々な生理機能に欠かせない生体内物質ですが、過剰になったりバランスが崩れると、体内の組織を損傷することになります。
つまり、「ストレス反応が暴走」して、炎症性サイトカインが分泌され続け、長期にわたり慢性的に炎症レベルが高まることが、小児期逆境が成人期の病気を増加させる一つの主要なメカニズムであると考えられています。
③細胞の老化が促進する(テロメアが短くなる)
逆境にあった子どもでは、テロメアという細胞分裂の回数を決める染色体の一部が、そうでない子どもに比べて、短いことが明らかになっています。
ある研究では、ACEが一つ増えるごとに、研究参加者が短縮したテロメアを持つ確率は11%上昇しました。
テロメアの短縮は、老化や疾病と関連があることが知られており、このテロメアの短縮が、小児期逆境体験者の成人期の疾患の増加と関連していると考えられています。
④腸内細菌叢が影響を受ける
小児期逆境は、腸内細菌叢の構成に影響を与えます。腸の腸内毒素症は、迷走神経の刺激やその他の代謝効果を通じて脳機能に影響を与える可能性が指摘されています。
女性はとくにACEの影響を受けやすい
ACEスコアが高いほど、その後何らかの病気に罹る確率は上がりますが、ACE研究では、そもそも「女性の方が、5つ以上のACE項目に当てはまる割合が、男性より50%高い」ことがわかっています。
中でも、以下のデータが示すとおり、女性における小児期の逆境と自己免疫疾患との関係は、「タバコと肺がん」「飲酒運転と自動車事故」「避妊なしのセックスと妊娠」に匹敵するほど、高い相関性がある、といわれています。
・女性の場合、ACEスコアが1増えるにつれ、自己免疫疾患で入院する確率は20%上昇する(つまり、ACEスコアが3の女性は、0の女性に比べて、入院の確率が60%上昇する。これに対して男性では、ACEスコアが1増えると、入院の可能性は10%上昇)
・小児期の逆境が、入院が必要なほど深刻な疾患につながるリスクは、女性で男性の2倍
・通常、ACEスコアが「4以上」で疾患との関連性が認められるが、女性の自己免疫疾患ではスコアが「2以上」でも発症率が大幅に増加
・18歳以前に逆境を体験した成人の3人に一人がおよそ30年後に自己免疫疾患で入院し、その8割が女性
などの事実が明らかになっています。
これは、女性ホルモンの一つであるエストロゲンが、免疫物質である抗体産生を促進するため、男性より抗原抗体反応が強力であること、またエストロゲンには自己抗体(自分の体に対する抗体)を増やす働きがあることなどが、女性がACEにより自己免疫疾患を発症しやすい原因であると言われています。
普通の治療をしても治らなかったら、ACEやトラウマを疑ってみよう
病気に逆境的小児期体験(ACE)が関連している時、治療には難渋することが知られています。
一般的な医療や代替療法など、様々な治療法を試しても効果が出ない場合、ACEの影響やトラウマを疑ってみることは、有益である可能性があります。
ACEからの回復
米国で、ACEと健康への有害な影響の関連を広めたことで知られるナディン・バーク・ハリス医師は、次の6つを「ACEの解毒剤」として紹介しています。
① 睡眠
睡眠によってストレス反応系が正しく制御され、ストレスホルモンの数値が低下することが明らかになっています。
ACEによるストレス反応の暴走にブレーキをかけ、炎症の進行を抑えるためには、睡眠を十分にとることが大切です。
② 運動
有酸素運動などの適度なエクササイズは、不安や抑うつを改善し、PTSDの症状を和らげることが明らかになっています。
③ 栄養
栄養状態が悪い場合、食事を変えることで、炎症の抑制、脳機能の改善、ホルモンバランスの改善などが期待できます。
④ 瞑想
研究により、瞑想が、ストレスの緩和、生活の質の改善、HPA系の機能向上、コルチゾール濃度の低下、質の高い眠りの促進、炎症を抑制することなどが明らかになっています。
⑤ 精神心理的介入
言うまでもなく、カウンセリングやトラウマセラピーなどの心理的介入やケアは、ACEを抱えた人々の役に立ちます。
自分でケアをしてよくならなかったら、自分に合った方法やセラピストを見つけて、トラウマのケアを行いましょう。
(トラウマセラピーについては、こちらをご覧ください)
⑥ 健全な人間関係
私たち人間には、「つながり」が必要です。
周囲の人々と、安心感をともなう健康的な人間関係を持つことが、オキシトシンなどの修復ホルモンの分泌を促し、ストレス度合いを下げ、身体を修復モードにスイッチします。
まずは、あなたのACEスコアを知りましょう
ACE対策は、あなたのACEスコアを知ることからはじまります。
ACE研究で使われた質問票に答え、「はい」に該当する数があなたのACEスコアです。